やりきった!ー全国大会吉備の国おかやま大会を振り返るー

成功哲学

私がこの全国大会に本気で取り組んだ理由

2016年2月18〜20日に岡山市にて、 「日本商工会議所青年部(日本YEG)第35回全国大会吉備の国おかやま大会」が開催されました。
私は開催地である岡山商工会議所青年部のメンバーとして、この大会の準備に5年間関わってきました。

私がこの全国大会に本気で取り組んだ理由は、関係する委員会に偶然配属されたからだけではありません。
私の地元岡山に対する強い思い、郷土愛があったからこそ、ここまで本気で力を傾けたのです。

私が地元岡山に帰ってきたのは2006年。今年で10年になります。
地元に帰ってくる時もいろいろありましたが、今後も私がどんな仕事に進んだとしても、岡山を拠点に活動していくと確信しています。

そんな岡山で開催された全国大会に5,974人という非常に多くのご登録をいただきました。
全国からこんなに多くの方にご登録いただき、とても感謝しております。

私は、全国大会の日程、開催場所、現地視察などの下準備から始まって、最後の1年は大会総務部会長として、シンボルマーク検討、PRグッズ制作、ホームページ制作、企画書作成、記念誌制作、広告協賛、登録キット、そして大会当日の受付と担当させていただきました。
このような大規模なイベントで要職を担当させていただけたことにも感謝するばかりです。

全国大会を縁の下で支える

大会当日は受付で会場横にはおりましたが、結局アリーナ会場には1度も入ることなく、楽しみにしていた堀江貴文さんの記念講演も聴くこと無く、閉幕しました。(あとでビデオで見ましたが、とても深い学びのある記念講演でした。)
今まで4年間、富山、沖縄、宇都宮、京都と全国大会を見てきましたが、今回、自分で設営すると何も見られないのだな、と初めて気づきました。

開催期間中の3日間はドタバタでした。
私は、受付でのルーチン業務に無い、イレギュラーな問合せへの対応をメインに考えていましたが、予想以上にたくさんの来訪者がありました。
おもてなしを一番に考えて、受付対応で決めていたルールを突如変更したりもしました。
受付場所のママカリフォーラムからジップアリーナへの引越もチームワークのおかげで無事成功しました。

体調不良で医務室へ

ママカリからアリーナへの引越後、私は体調を崩して、立ちくらみで立てなくなってしまい、医務室での休憩を余儀なくされました。
5年間の思い出が走馬灯のように蘇ってきました。
「こんな大事な時にどうして体が動かなくなるんだ!」
涙が溢れてきました。

おかげさまで、20分くらいでとりあえず歩ける程度に回復しました。
私は受付に戻って、総合受付の看板の前に座りました。
部会メンバーから「座ってくれているだけで助かります」と言われ、頼れる仲間の存在が心の支えになりました。

打上げ会で男泣き…

おかげさまで3日間を無事乗り切ることができました。
翌日の打上げ会では、壇上では気丈に振る舞いましたが、ひな壇から降りて「よくがんばった」と声をみんなに掛けられた途端に号泣してしまい、10分ほど嗚咽が止まりませんでした。

「やりきった!」

だからこそ、ここまで泣けたのでしょう。
こんなに嗚咽した経験は、子どもの頃の記憶しか残ってません。

まだこれから報告書作成・送付の担当が残っていますが、最後まで「やりきりたい」と思います。

そして次は、昨年より着手している私のビジネスの大事業において、やりきって男泣きしたいと思います。

【岡山が国産デニム発祥の地であることを知ってもらえるよう、大会総務部会プロデュースによる井原トートバッグ、児島トートバッグを企画しました(非売品です)。】

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