母逝く

がんばりすぎない勇気

ボランティア精神旺盛な母でした

去る2017年1月14日土曜日、私の母、太田光枝が他界いたしました。
17日に親族と親しい友人の方々に囲まれて、家族葬を執り行いました。

母は5年前から間質性肺炎を患いまして、闘病生活を続けてきました。間質性肺炎を抑えるための薬『免疫抑制剤』により、他の病気に対する耐性が大きく低下し、色んな重病にかかるようになり、それが原因で69歳の若さで旅立ちました。

母は心が広い人間で、時には厳しく、そして困った時には深い愛情を持って育ててもらいました。
私がパニック障害を患って、サラリーマンを卒業して岡山に帰った時も、そして起業する時も、物心両面で助けてもらいました。
昨年のYEGの全国大会で、私が本業ができずに弱音を吐いていた時は、ボランティア精神旺盛な母は、『あと少しなのだからがんばりなさい』と檄を飛ばしてくれました。誇らしい母です。

今まで母を支えてくださった全ての方に、この場を借りて深く御礼申し上げます。

私はまだ、心にポッカリ大きな穴が空いたような気分です。
最期の数日間、母は急激に体調が悪化していきました。そして他界して葬儀が終わるまでも、あまりにもあっという間すぎて、悪い夢を見続けているような気分でもあります。
こんな状態ではありますが、家族共々これからも倍旧のご支援をお願いいたします。

花束を母へ

母が亡くなってからはや2ヶ月が過ぎました。
おかげさまで先日、五十日祭と納骨も無事終わりました。

宇多田ヒカルが2016年に発売したシングル『花束を君に』。
とても良い歌だと思って昨年から聴いていましたが、母が亡くなって以降、歌詞があまりに自分の気持ちを代弁してくれていると感じるようになりました。

花束を君に贈ろう

言いたいこと きっと山ほどあるけど 神様しか知らないまま

両手でも抱えきれない 眩い風景の数々をありがとう

どんな言葉並べても 君を讃えるには足りないから

引用:宇多田ヒカル公式サイト

私は、母の息が完全に止まるまで、ベッドの横で母に声をかけ続けました。
耳は最後の最後まで聞こえているそうなので、息が止まった後もしばらく声をかけ続けました。
私は今まで育ててくれたことへの御礼を母に言い続けましたが、どんなに御礼を言っても足りません、、、そんな気持ちを代弁してくれている歌です。

先日、母が亡くなって以降初めて、夢に母が出てきました。
声はありませんでしたが、笑顔で私に手を振っていました。
多分、母へのホワイトデイのプレゼント(というかお供え)を何にしようか考えていたので、夢に出てきたのでしょう。

この曲を聴いていると、もう一度母に会って、母に花束を贈りたい気持ちになります。
母の喜ぶ姿、、、過去に誕生日プレゼントや母の日のプレゼントを渡した時の、母の笑顔が記憶に蘇ります。
が、それはもうどうやっても叶いません。

家庭もビジネスも日々やれることを最大限がんばりつつ、健康を大切にすることで、母への「花束」としたいと思います。

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