祖母のお陰で岡山にUターンできた
2009年も、はや3分の1が終わろうとしています。
今月は、私にとってたいへん大きな出来事がありました。
それは、4月10日に私の祖母(太田兼子)が他界したことです。
祖母は長い間、要介護状態にありました。
私が岡山に帰ることを決心した理由のひとつには、祖母の介護を手伝い、祖母の余生をともに過ごすことがありました。
もちろん、祖父や母、叔母ほどには介護できませんでしたが、私ができる最大限のお手伝いができたと思っています。
祖母は認知症でしたが、時々我に返ることもあり、そんな時も含めて、ほぼ毎日、祖母に話しかけることもできました。
こうしてブログを書いていても、祖母との思い出が走馬灯のようによみがえってきます。
やれることはすべてやりました。
岡山に帰ってこられたのも、祖母のおかげだ、との思いもあります。
「おばあちゃん、ありがとう。」
祖母に天国から見守ってもらいながら、私は自分の夢を追いかけて、日々努力していきたいと思います。
祖母が亡くなる前日の出来事
祖母が亡くなる前日(2009/4/9)の出来事を思い出しました。
祖母の生前、私は仕事に出かける時には、毎日祖母の居間の横を通っていました。
朝はいつも忙しいので、祖母の居間に行くことはなかったのですが、この日は部屋の前を通るときに、なんとなく「祖母に呼ばれているような感覚」があったのです。
「心の声」だったのでしょうか。
でも、残念ながら私は祖母の居間に行かぬまま、出張に行ってしまいました。。。
結局、祖母と最後に会ったのは亡くなる前々日で、そのときの祖母は僕の会話にうなずくだけで、何も言葉を発することはなかったです。
「心の声」、科学的な証拠など一切ありませんが、自分の心を信じておくべきだった、と相当後悔しています。
祖母は数ヶ月前に「桜の季節に亡くなる」と言っていましたが、その予言どおり亡くなっていきました。





