起業家エスノグラフィー

起業家の道
Contents
  1. 起業家エスノグラフィーとは
  2. 独立記念日(2008/4/1)
  3. 創立記念日(2008/4/11)
  4. 激動の2006年(2006年12月)
  5. 2008年を振り返って(2008年12月)
  6. 2009年-学び多き年-(2009年12月)
  7. 2010年がもうすぐ終わります(2010年12月)
  8. 充実の35歳に(2011年1月)
  9. 2011年-失敗は成功の神様-(2011年12月)
  10. 2012年の決意(2012年1月)
  11. 2012年-試練と成長の1年-(2012年12月)
  12. 2013年スタート-私の使命・ミッション-(2013年1月)
  13. 創業5周年(2013年4月)
  14. 2014年を振り返って(2014年12月)
  15. 創業8年目(2015年4月)
  16. 2015年を振り返って(2015年12月)
  17. 2018年の決意(2018年1月)
  18. 太田記生(おおたふみお)に選名(2018年2月)
  19. 令和時代の新たな挑戦(2019年5月)
  20. 2019年ーやれることは全てやり切った1年ー(2019年12月)
  21. 動かざること山のごとし〜アフターコロナに備える〜(2022年2月立春)
  22. 中小企業診断士創業14周年(2022年4月)
  23. 創業15周年〜20周年に向けて〜(2023年4月)

起業家エスノグラフィーとは

私が2008年に岡山で起業、創業してから、起業家としての思い、覚悟、目標設定などの記録を、「エスノグラフィー」として文書にまとめました。

こうやってみると、私の起業家としての活動は、本当に山あり谷ありだったことが分かります。
でも、おかげで本当にやりたい仕事に集中することができました。仕事が趣味となり、お役に立てて楽しむことができ、起業してよかったと、心から実感しています!

※エスノグラフィーとは、『デジタル大辞泉』によると、エスノ(ethno)は民族を、グラフィー(graphy)は記述を意味し、一般に民族誌と訳されます。社会の行動様式をフィールドワークによって調査・記録する手法およびその記録文書のことをエスノグラフィーといいます。

独立記念日(2008/4/1)

2008年4月1日は、私にとって重要な分岐点となる一日でした。

社会人になって以降、私はずっと会社名を肩書きに付けて仕事をしてきましたが、今日からは、私個人の名前での仕事が始まりました。
今まで派遣社員として通っていた会社が、派遣契約ではなく、私個人と業務委託契約をしてくださったのです。今日はその初日でした。
いつもと職場は変わらないものの、今までに比べて何か「責任」が背中にのしかかったような気持ちです。
今月中には、いよいよ自分の法人を設立することになりますが、「独立」という意味では今日が初日。気持ちを新たにして、起業に仕事に、前向きに取り組んでいきたいと思います。

創立記念日(2008/4/11)

2008年4月11日金曜日、岡山地方法務局に行って、会社設立の登記申請を行ってきました。
そして昨日、法務局より登記完了の連絡があり、会社設立の手続きが完了しました。
4月11日(金)が私の会社の創立記念日になります。

会社名は、「株式会社共創工房(きょうそうこうぼう)」としました。(現在はITプラン株式会社に商号変更)
共創とは、「顧客や企業など、立場の異なる人たちが一緒になって新しい価値を創造していくこと」です。自分だけの固定観念にとらわれず、多くの人と「共創」できる場を築きたい、そんな気持ちを込めました。

独立して、一人になればなるほど、人と人とのつながりの重要さを切々と感じています。今回の独立においても、岡山商工会議所の経営革新支援アドバイザーセンターの方々をはじめとして、職場の方々、中小企業診断士協会のもとで出会った方々など、たいへん多くの方にお世話になっています。自分一人の力だけで世の中の難問に立ち向かうことは、たいへんな困難です。
多くの方の力をお借りしながら、自分らしさ、自分の強みを生かして努力していきたいと思います。

この設立登記に至るまでには、数々の紆余曲折がありました。
当初、想定していなかった問題がたくさん発覚して、会社設立のメリットとデメリットの間で、一時は設立断念も考えました。「個人事業者の方がよいのでは」と。
ですが、結局は初心を貫くことにしました。「やらなくて後悔するよりも、やって後悔する方がまし。」この信念は、2年前からずっと不変です。
これからどんなことが起こるのか、分かりませんが、体に無理せず、何事も修行と思ってがんばります。

激動の2006年(2006年12月)

2006年は私にとっては激動の一年でした。
新年早々に東京へ引越し、望まない仕事、慣れない土地での生活への戸惑い、仕事に対するモチベーションの低下、体調の悪化、退職の決断。その後も病気との闘いは続きましたが、無理しながら趣味の観光地巡りに没頭しました。そして今年2度目の引越し。引越し後は、体調も徐々に回復、年末にかけては資格取得に向けての勉強の毎日でした。

こうしてみると、2006年は暗中模索の年でした。

ただ、仕事でも趣味でもいろいろな経験ができ、かつたくさんのことを考える時間ができたので、私の人生にとってはプラスだったのかもしれません。「生まれ故郷へのUターン」ということ以外は特段大きな成果はないようにも感じますが、資格取得に向けた勉強や人脈作り、就職活動など、将来の飛躍に向けての種植えは出来たように思います。人生は長いので、こんな一年があってもいいのかなと思っています。
きっと将来、この激動の一年が何かの役に立つと信じています。

2008年を振り返って(2008年12月)

とうとう2008年が終わろうとしています。
今年は、私にとって、新しいこと尽くめの1年でした。
今年新しく始めたこと、今年できたことは、ざっと以下のとおりです。

  • 中小企業診断士の実務補習を完了し、経営コンサルタントの仕事を開始した。
  • 自らの法人を設立し、会社経営を始めた。
  • 岡山、四国の地域活性化への取り組みを始めた。
  • システムアナリストの国家試験に合格した。
  • 休暇をスケジュールして、香港を旅行できた。

これらの成果は、多くの人の助けがあればこそ実現できたことです。ありがとうございました。
もちろん、今年の目標で達成できなかったこともありますし、失敗したこと、後悔したことも多々ありますが、これだけできれば、私としては合格の1年です。

さて、2009年は、新しいことを始めるよりも、今年始めた仕事の“質”を高めることに専念しようと思います。
顧客サービスの質向上、信頼する方々とのコラボレーションなど、世のお役に立つ仕事ができる自分になれるよう励んでいきます。
私は起業して以降、ここまで順風満帆で来ましたが、昨今の世界経済、日本経済は、非常に厳しい状況です。
私の力が、少しでも社会貢献、地域活性化につながるよう、2009年もがんばります。

2009年-学び多き年-(2009年12月)

2009年は私にとって学び多き年でした。
今年のメイントピックは以下の2つです。

  • 独立行政法人中小企業基盤整備機構の四国地域活性化支援事務局にて、プロジェクトマネージャーとして中小企業支援の仕事ができたこと。
  • 甲南大学マネジメント創造学部の非常勤講師として、教鞭を執ることができたこと。

どちらも、私の夢の中で、重要な位置づけの仕事ですので、とても満足しています。
ちなみに、二つ目の講師の仕事は、実は「私の夢」として、独立する前にブログに宣言していました。
実現した内容は微妙にずれてはいますが、「念ずれば叶う」「やりたいことを書いておけば叶う」ということを実体験できたと思っています。
「学び多き」としたのは、両方の仕事の両立が非常に厳しかったからです。
特に時間的な調整がたいへんでした。時間管理が反省点ですね。
これ以外にも、いろんなことに取り組めた1年でした。

  • FMラジオ番組に出演することができた。
  • 起業家向けセミナー講師の仕事に取り組めた。
  • 韓国・済州島を旅行できた。

こうして振り返ってみると、けっこういい1年だったのかもしれません。2010年が楽しみになってきました。

2010年がもうすぐ終わります(2010年12月)

「激動」の2010年が終わろうとしています。

思えば、私が起業した2008年以降、さらに言うと、サラリーマンを卒業する前年の2005年以降、毎年が激動の1年のように思います。
毎年、今までに経験したことのない新しい波が押し寄せてきます。
荒波もあれば、ビッグウェーブもありました。今年は両方ですね。
私の今年1年を一文字の漢字で表現すると、

飛躍の「躍」

昨年2009年は、国のお仕事一辺倒でした。
それが、事業仕分けのあおりを受けて、今年は暇な1年になるのかな、と思っていました。
ところが、ビジネスコーチング事業を6月に立ち上げてから状況は一変。
目標が明確になってからは、スキルアップと販路開拓の毎日で、気づいたら、「全然休みがな~い」という状況でした。
ちなみに、人生で今までほとんど営業活動というものをしたことがなかったので、挫折に次ぐ挫折の日々だったことは言うまでもありません。。。
とはいえ、コーチングのノウハウを身につけたおかげで、悩みを抱えた経営者、起業家の方々を笑顔に変えていくことができた1年でした。(日々勉強ですが。。。)
世のお役に立てたと自負してます。

さて、2011年は、今年よりは少し休みをいただきつつ、それ以外は、今年築いた路線
「コーチングとコンサルティングによる中小企業の売上向上支援」
の仕事を継承していきます。
2010年も、ほんとにたくさんの方にたいへんお世話になりました。ありがとうございました。

充実の35歳に(2011年1月)

私にとってのちょっとした「区切り」を迎えました。
歳が一つ増えて、35歳になりました。30歳代の折り返し地点に来たということです。
このブログを立ち上げ、岡山に帰ってきたのが30歳の時だったのですが、あっという間の5年間でした。
ほんとに月日が経つのは早いものです。
そんな中で、強く思ったことがあります。それは、

「充実の“35歳”にしたい。」

ということです。
3年前に起業して以降、毎年が「激動の年」なのですが、常に「決断」を迫られる毎日でした。(大きな決断、小さな決断、いろいろありましたが、、、)
今この瞬間もまた、岐路に立っています。

「こっちのほうが安定してるかな。」
「あっちのほうが外見はいいかな。」

とか考えていましたが、なにか自分が小さく見えてきました。
そして結論は、

「こっちのほうが、“充実の35歳”になるかな。」

という基準で考えること。
これでもまだ「小さく」見えるかもしれませんが、今の私にとっては十分なスケールなのです。
「充実」の中には、自分自身のスキルアップはもちろんのこと、お客様、仕事仲間との親密な信頼関係作りが含まれています。
この1年もがんばります!

2011年-失敗は成功の神様-(2011年12月)

2011年が終わろうとしています。私にとって、今年もやはり激動の年でした。

2011年は、私にとって、いい意味でも悪い意味でも、「有頂天の1年」だったように思います。
昨年(2010年)がんばりすぎたことを反省して、今年はもう少し落ち着いて行動しようと思っていましたが、結局、落ち着くことなくがんばってしまいました。
昨年から「コーチング」をスタートさせ、そして今年はお客様の会議を活性化、効率的に進めていく「ファシリテーション」を始めました。
学ぶこともたくさんありましたし、お客様からもご満足いただいて、今年も仕事が「楽しい!」と思える1年でした。
ただ、今までに比べて責任も重くなり、プレッシャーからか、社会情勢を心配してか、それとも単なる不摂生か、今年は体調も何度か悪くしました。
不用意な発言や行動を、ご先輩の方々からたしなめられることもありました。

独立してからもうすぐ4年。まだまだ、日々初めてのことばかりです。
「成功」とは、失敗を繰り返すことでようやく得られるもの。失敗を怖がっていては、何も始められません。今の私もないと思います。今年得られるものも、もっと小さかったことでしょう。
おかげさまで、今年も私は大きく前進できました。
感謝、感謝、の気持ちで、2011年を締めくくりたいと思います。

2012年の決意(2012年1月)

2012年も、私にとって激動の年になりそうです。
昨年末お会いしたある起業家の方から、「起業してからは毎年が激動の年ですね。」と言われました。
実は、一昨年末にも他の経営者の方から同じことを言われています。
皆さんそれぞれ濃密な時間を過ごされているのだと実感しています。

また、政治・経済が大きく動く1年と言われています。
政治では、世界各国で大統領選挙があります。経済では、欧州での不安が続いています。
そんな中で、今、私にできることは、私がいただいた仕事を一生懸命、精一杯がんばること。
問題を先送りすることなく、遠い未来を見つめつつ、今を大事に生きていきます。
そのことがきっとお客様の成功にも貢献して、結果として経済活性化にも貢献できると信じて、2012年もがんばります!

2012年-試練と成長の1年-(2012年12月)

2012年もとうとう終わりを迎えました。今年は、私にとって本当に大波乱の1年でした。
年始は最悪でした。
JR瀬戸大橋線での4時間閉じ込め事故、ウイルス性腸炎、仕事での混乱、そして破局、、、様々な困難に巻き込まれました。今まで予想もしなかった「想定外」の出来事であふれ返りました。パソコンが3回も故障する、という災難も起こりました。

でも、その裏返しで、いいこともたくさんありました。
素晴らしい家族、先輩、友人に囲まれて生きていることが明確になりました。
大混乱の中、多くの方に助けられ、勇気づけられて生きている自分に気づきました。
想定外の出来事もありましたが、今となっては「想定してない自分が幼かった」と感じます。
「想定できないくらい、たくさんの新しい挑戦を繰り広げている」ということもあります。

旅行、視察もたくさんできました。
富山、熊本、ソウル、上海、陸前高田、平泉、富士山登山、そして広島・竹原。
試練の1年の中にあって、すっかり開き直って未来に向かって突き進んでいるプラス思考の自分に「成長したな」とほめてあげたい気持ちです。

11月に鉄拳のパラパラ漫画『振り子』に出会いました。
私はこの映像を見て、1年を思い返しました。
私もこの1年間、振り子の動きを止めたい、と思った時期がありました。
でも、私の周りの人たちは「もうがんばったから、止めなくていいんだよ。」と勇気づけてくれました。
今となっては、振り子の動きを止めなくてよかったんだな、と思います。

「太田君、人生なるようになる。なるようにしかならない。」
と言ってくださった先輩がいましたが、そのとおりと思います。
2013年も多分激動でしょう。2013年は激動を楽しめるといいですね!

2013年スタート-私の使命・ミッション-(2013年1月)

2013年も全力疾走します!よろしくお願いいたします。

さて、この年末年始、自分の使命・ミッション、何のために生きているのか、を考えました。
私の使命・ミッションは、

「今も昔も変わらないものを、変わらないままに次世代に残し、伝えていくこと」

だと思ってます。
「今も昔も変わらないもの」とは、自然、文化、そして家系です。
自然食、歴史遺産、家族愛、、、などなど多岐にわたります。
そして、岡山で自然、文化を守ることが、ひいては日本の自然、文化を守ることにつながると信じています。

私の仕事内容も、この使命・ミッションに集約されていっているように思います。
2013年もこの使命・ミッションの実現に費やしていく所存です。

創業5周年(2013年4月)

今日4月11日は、ゆめおい研究所株式会社の創業記念日です。
おかげさまで5周年を迎えることができました。

困難な時期もありましたが、何とか5年間耐えてがんばってくることができました。
これも一重に、お客様、ビジネスパートナーをはじめとしたステークホルダーの皆様からのご支援ご鞭撻のおかげです。本当にありがとうございました。

これからも、ゆめおい研究所株式会社は、
「夢を追いかける経営者、そして企業、地域をサポートする」
ことに主眼を置いて、前進し続けます。

この5年間を振り返ると、当社の強みは下記の2つの分野に集約されてきました。
────────────────────────────────────────
1. ITファシリテーション
・WEB・ITを活用した売上向上サポート、WEBサイト向けの新商品開発
・システム導入・更改プロジェクト推進
・IT人材育成コーチング
2. 経営コンサルティング
・新事業の立ち上げ、販路開拓支援
・“経営者の夢を具体化する”エグゼクティブ・コーチング
・“従業員の本気を引き出す”営業戦略会議、中期目標策定会議
・営業/マネジメント研修
────────────────────────────────────────

これからのゆめおい研究所株式会社にご期待ください!

2014年を振り返って(2014年12月)

2014年が終わろうとしています。
今年は私にとって、過去最大級の充実の1年でした!
そして多くの方に助けていただいた1年でした。
恵まれた環境で生きていることを今年も実感しました。ご支援誠にありがとうございました。

ビジネスでは、2月に会社名を「ITプラン株式会社」と社名変更して、 IT戦略に特化した会社へと方向転換を図りました。

「趣味に勝るものはない」

自分がやっていて「楽しい!」「10年続けられる!」と思える分野を仕事の中心に据えました。
その結果、世のお役に立てる仕事に取り組めたと思います。
苦労もたくさんありましたが、苦労がなければ得られるものも小さい。怖がらずに挑めた1年でした。
そして、結婚、新居への引っ越し、海外旅行(出張も)と、プライベートもとっても充実していました。

日本YEGの中国ブロック安来大会で知った言葉ですが、戦国武将の山中鹿之助は、三日月に向かって「願わくは、我に七難八苦を与えたまえ」と祈ったそうです。
2015年もいろんな七難八苦が起こる予感ですが、今年のように、自分の軸をぶれさせることなく、取り組んでいきたいと思います。

創業8年目(2015年4月)

おかげさまで、2015年4月11日をもちまして、創業8年目を迎えることができました。
これもいつもご支援いただいている皆様のおかげに他なりません。本当に感謝申し上げます。

約1年前に社名をITプラン株式会社に変更し、「第二創業」の気持ちで1年間精一杯取り組んでまいりました。
1年間取り組んできて、やはり私の強み、得意分野は「IT」だと実感しております。
今後も引き続きIT関連事業を延ばしてまいります。

また、「経営改善」「企業再生」についても取り組んでまいりました。
私のもう一方の得意分野である「事業計画策定」「問題解決ファシリテーション」でもお役に立つことができたと実感しております。
今後も、諸先輩に助けていただきながら、チームプレイでお役に立ちたいと考えております。

創業8年目のキーワードは、「チームプレイ」です。
一人での成果を目指すのではなく、チームで大きな成果を生み出したいと思います。

先日、シンクタンクマインドズームの「経営者塾」を受講してきましたが、易の「地山謙(ちざんけん)」について勉強しました。地山謙とは、「高い山が、低い地の下にいる」ことを示していて、謙虚な姿勢の大切さを伝えています。
私もこの姿勢を大切にしながら、創業8年目をがんばります!

2015年を振り返って(2015年12月)

2015年が終わろうとしています。

2015年は私にとって試練の1年でした。
2008年に起業してから8年目になる2015年は、我が社の強みである「IT戦略策定とITコンサルティング」「事業再生」「プロジェクト型コンサルティングサポート」に特化させるべく、事業の構造改革に着手しました。
多くの試練に遭遇しました。思い通りには進んでくれませんでした。年末に明るい光が見え始めてきましたが、まだ試練の真っ只中です。本当は、他にも色々手を尽くしたいこともありましたが、あっという間に年末になってしまいました。思い通りに行かない時はこんなものなのですね。

多くの犠牲も払いましたが、信頼できる仲間は周りにたくさん増えました。得たものもたくさんあります。

2015年は私にとって「前厄」、そして2016年は「本厄」です。もう2015年に試練は出尽くした感があります。2016年はこれ以上の試練はないでしょう!
そう信じて、2016年も地に足を付けて、背伸びしすぎることなく、謙虚に前向きに活動していきます。

2018年の決意(2018年1月)

2018年もよろしくお願いいたします。
2017年は、私のビジネスとしては、昨年は過去最高の1年でした。
いろんな意味で最高でしたが、何よりもよかったのは、

「自分のやりたい仕事で、お客様のビジネス成功にしっかりと貢献できたこと」

創業当時の目標を実現できただけでなく、お客様の会社で長年滞っていたことが、私が関わることによって、きれいに(時には濁流となって)流れ始めることに貢献できました。

特に、ITコンサルティングの分野では、基幹システム更改を積年の課題とされてきたお客様に対してしっかり向き合って、課題解決に貢献できました。
今年も、昨年同様に、ITコンサルティングの分野でしっかりとお役にたってまいります!
そして、創業時の目標を超えた、大きな目標達成に向かって邁進していきます!

太田記生(おおたふみお)に選名(2018年2月)

節分が過ぎ、今日は立春。ようやく私の後厄が終了して、3年間にわたる厄年を終えることができました。この3年間、強烈な苦境が度々ありました。ビジネスもプライベートも多くの苦境に立たされました。

一番の苦境は、一時期、仕事がなくなってしまったことでしょうか。でも本厄後半から一気にブレイクしていきました。今からしてみると、神様から与えられた「子育てのための休息」だったようにも思います。
そして、本厄終了直前に母が亡くなったのは想定外でした。昨日も、夜中に突然目が覚め、母のことが頭に浮かびました。今でも母と話したいことがたくさんあります。。。

そして、3年間の厄年が終わった今日、改めて、この場で選名のお知らせをさせていただくこととしました。

私が選名を考え始めたのは、6年前の2012年になります。約2年間かけて本名の「おおたふみお」と同じ字音の名前を探しました。

そして、選んだ名前が「太田記生」です。

「記」と書いて、「ふみ」と読みます。漢和辞典にも掲載されている読み方であります。

「記すことに生きる」

私の仕事はITコンサルタント/中小企業診断士ですが、中小企業の事業計画策定やIT戦略の計画策定など、計画を「記す」ことで、世のお役に立っています。この名前は、私にピッタリの名前だと思っています。そして、これからは「歴史に名を記す生き方」に努めたいと思います。

選んだ名前は、2014年の結婚式のウエルカムボードにも書いていただいて選名の準備をスタートし、母が亡くなる前の2016年に両親より選名の許可を得て、本名と併用を始めました。
そして厄年が終わった今日、改めてビジネスネームとして「太田記生(おおたふみお)」を名乗ることをご報告いたします(公文書を除く)。

皆様におかれましては、今まで通り気軽に「ふみくん」と読んでいただけると幸いです。
今後ともご愛顧のほどをお願い申し上げます。

令和時代の新たな挑戦(2019年5月)

平成時代が終わり、令和時代がスタートしました。
平成時代は、私の人生のうち、中学1年生〜独立12年目にあたります。
受験、大都会での一人暮らし、就職、病気、退職、起業、結婚、子育て、、、と私の激動の思い出が平成時代とともにありました。楽しい思い出も苦しい思い出もありますが、戦争もなく、元気にかつエキサイティングに過ごすことができたことに感謝したいと思います。

令和時代も、私にとっては激動の時代になると思います。今まで私が取り組んでこなかったような、新しい挑戦、新たな展開、新しい事業を、令和の新時代の始まりとともに立ち上げていきます。

2019年に入って、既にいろんなもの、いろんなことを終わりにしたり、捨てたりしてきました。
「選択と集中」によって、現在の私の仕事も、やり甲斐のある、興味のある、そして、自分だからこそ世のお役にたてる仕事を選択できてきました。ここに来るまで、勇気ある決断を何度もしてきましたが、この流れを令和の新時代でも作っていきます!

さて、この2019(平成31)年4月より、岡山商工会議所青年部(岡山YEG)の「あきないユニット担当」副会長を仰せつかっております。
あきないユニットは、岡山YEG伝統の講演会「あきんど塾」を担当するあきんど委員会と、中小企業・小規模事業者も無視できなくなってきた国際ビジネスを研究発信する国際ビジネス委員会の2委員会からなります。
311人でスタートした令和元年度の岡山YEG。副会長は、私にとっては予想以上の重責です。私が担当する「あきないユニット」のことを考えて、時々ですが、胃が痛くなります。

でも、今まで先輩達は、こうやって苦労しながら、悩みながら、岡山YEGを今のような「所属することに誇りが持てる団体」「結束力の高い組織」に作り上げてこられたのだろう、と思います。私も、自分自身の出来る限りの努力をして、地元岡山のためにお役に立ちたいと思っております。もう既に昨年9月から半年以上会議を繰り返してきましたが、これから残り11ヶ月、失敗を恐れずにがんばります!

2019年ーやれることは全てやり切った1年ー(2019年12月)

2019年も終わろうとしています。
2019年は、私にとってたいへんエキサイティングな1年でした。自分にできることは全てやり切りました。

岡山YEGで「あきないユニット」担当副会長を経験

2019年度、岡山商工会議所青年部(岡山YEG)であきないユニット担当副会長を経験させていただきました。お陰様を持って、素晴らしい人脈を築け、貴重な経験をさせていただくことができました。
2月にはYEGの海外交流事業にて、ドバイ(アラブ首長国連邦)を訪問することができました。世界一高いビル「ブルジュ・ハリファ」に登ることができました。また、ドバイでできた外国人人脈から、ビジネスの交渉へと発展させることができました。
3月にはYEG全国大会にて、知り合いが1人もいない分科会(宮崎県串間YEG)に参加して仲間が増やし、宮崎県最南端で学びを得ることができました。
11月には、プロバレーボールチーム「岡山シーガルズ」の試合を観戦するとともに、岡山シーガルズのプロ選手と、家族も一緒に交流させていただきました。
また、YEG全国会長研修会で長野市を訪れました。
12月には、岡山商工会議所に来られた中国若手起業家との交流会に参加させていただき、中国での起業と経営について情報交換させていただきました。
また、大阪、佐賀、静岡で同時開催された日本YEGの郷創塾では、「政策提言」について我々が今後進むべき道を学ぶことができました。

国際経済学者伊藤元重先生講演「新時代あきんど塾」開催

8月には、337名の方にご参集いただき、岡山YEG「新時代あきんど塾」を開催いたしました。国際経済学者の伊藤元重先生を講師にお迎えしてご講演いただきました。世界から取り残された日本の現状、日本の「失われた30年」の原因の一端をお話いただきました。

  • 日本の企業の多くが、10年前、20年前と仕事のやり方が変わっていない。この10年間、生産性の上がり方が弱い。
  • 世界の物価は1.5倍に上がっているのに、日本の物価、賃金はこの20年上がっていない。
  • 身近な国の経済力が伸びてくると、自国のビジネスも伸びる。将来、日本のインバウンド客は1億人になることもあり得る。

仕事もやり切りました!

7月からは、岡山県下6商工会議所で、IT活用セミナーの講師も努めさせていただきました。
8月には、当社で外国人インターンシップ生の受入れ(失敗)経験を積みました。
9月以降は、ITコンサルティング/経営コンサルティングの仕事が激増しました。年末の今も仕事で溢れかえっています。
9月は人生初の「骨折」を経験しました。これはホントに痛かったです。。。
10月には、岡山県中小企業診断士会の海外視察事業で、上海を訪問しました。上海でも、日本が世界から取り残された原因を垣間見ることができました。また、世界で2番目に高いビル「上海タワー」に登ることができました。
11月には、昨年取得した国家資格「国内旅行業務取扱管理者」に続いて、「総合旅行業務取扱管理者」試験に合格することができました。そして、地域限定旅行業を立ち上げることができました(岡山県知事登録旅行業 地域限定-405号)。現在、事業開始に向けて着々と準備を進めております。

2020年は「立ち止まる」1年に

良いことも悪いこともあった2019年ですが、今となっては、全ては良い学びとなりました。
2020年は、私の年回りとしては、「有頂天の年」「八方ふさがりの年」になります。一旦立ち止まり、2019年に蒔いた種を着実に実らせる1年にしたいと思います。

2020年も、本業の「ITコンサルティングサービス」に邁進してまいります。今まで通り、岡山と関西を中心に、中小企業のIT戦略立案・遂行、そして社会的課題となりつつあるDX(デジタル・トランスフォーメーション)実行サポートもしっかり継続していきます。

2019年に手を広げた地域限定旅行業は、2020年にじっくりと実らせていきます。
「ITプラン・ツーリズム・センター」の商号で、地元岡山に特化した「体験型・着地型・産業観光」の企画旅行サービスを提供してまいります。
2020年は私の身の周りの方々、家族、社員、ビジネスパートナー、そして、私を信頼してくださるクライアントの皆様を大切にして、腰を落ち着けた1年にしていきます。

動かざること山のごとし〜アフターコロナに備える〜(2022年2月立春)

孫子の兵法「風林火山」

2022年も立春を迎えました。新しい年の始まりです!
新年早々、恵方参りに行って来ました。私の母校の岡山大学近くの神社(八幡宮)にお参りしてきました。

私自身、コロナ禍によりビジネスに大きな影響を受け、これからの身の振り方、我が社の方向性に悩んできました。
そして、新年を迎えて一定の方向性を見出しました。
「風林火山」は孫子の兵法に基づく言葉と言われ、武田信玄が旗印として使っていました。
孫子の言葉である「疾如風、徐如林、侵掠如火、不動如山」から取った言葉です。

はや(疾)きこと、風のごとし
しず(徐)かなること、林のごとし
おか(侵)し、かす(掠)めること、火のごとし
動かざること、山のごとし

ポストコロナ、アフターコロナに向けて山のごとく構える

コロナ禍の影響を受けて、金銭面だけでなく精神的にも辛い日々です。しかも、なかなか正常化しません。オミクロン株になっても「失われた2年間」が続いています。このままで大丈夫なのか、いろんな思いが心の中を巡りました。
しかし、ここでジタバタしないと決めました。
山のごとくドッシリと構えて、ポストコロナ、アフターコロナに向けた準備を、しっかりと、じっくりと進めていくと覚悟を決めました。

山のごとく構えて、次のチャンスが来るまで、種まき、仕込みをじっくりと続けていきます。

私の今までどおりの信念を貫きます。
「やりたい仕事」「世のお役に立てる仕事」「日本経済、岡山経済発展のお役に立てる仕事」に集中し続けます。

風のごとく疾く動く時まもなく訪れる

オミクロン株は、感染は心配ではありますが、それ以上に「自粛」「鎖国」で日本経済が停滞して、働く気力、生きる気力、経済発展のモチベーションが失われていくことの方が心配です。
欧米では、すでにコロナ規制の緩和が進行中です。失われた30年で世界から置いて行かれた日本。コロナ禍でさらに差がつく可能性があります。
激変する状況を注視しつつ、ブレない軸をしっかり持って、最善を尽くします!

中小企業診断士創業14周年(2022年4月)

4月11日は、我が社の創業記念日です。
おかげさまで、ITプラン株式会社は、本日をもって創業15年目に入りました。2008年4月11日の創業から、あっという間の14年でした。

中小企業診断士に登録したのも、創業と同じ2008年4月でした。
我が社の歴史と、私自身の中小企業診断士の人生は、ずっと共にありました。
この14年間、コロナ禍や、不況の波に揉まれてきましたが、創業した人にしかきっと分からないであろう「悦び」「出会い」「自己成長」「発展」を体験してこられたと思っています。

歳を取ると、だんだんと保守的になっていく気持ちも理解できるようになってきました。

ただ、私はまだまだ勇気を出して、新しいことに挑戦を続けます。
次の1年も、「人生初」ばかりの1年になりそうな予感です。15年目もよろしくお願いいたします。

創業15周年〜20周年に向けて〜(2023年4月)

全国出版でステージが変わった予感

私が2008年に起業した「ITプラン株式会社」は、今月4月11日、お陰様で、創業15周年を迎えることができました!
これまでの皆様のご愛顧にたいへん感謝申し上げます。
昨年2022年秋に、拙著『DX時代に成長する製造業のIT戦略』を全国出版して、さらにコロナ禍も落ち着いてきて、私の身の回りの環境も、急激に変化してきました。
コロナ禍で途絶えていた、岡山県外からの仕事のご依頼も舞い戻りはじめました。

怒濤の起業15年間でした

この15年間、怒濤の15年間でした。いろんなことが変わりました。
15年前の起業時はリーマンショック直前で、不景気が始まりかけていた時期です。そんな中でも夢一杯で起業したのを覚えています。
創業の手続き、営業活動、中小企業診断士活動、コンサルティング業務、、、大半のことが初めての経験ばかりで、日々インプットとアウトプットの繰り返しでした。

やれること、やりたいことは、すべてやってきた!
そんな思いです。

ただ、時間にも経営資源にも限りがあります。
いろんなことに着手しすぎて、途中からはお断りしたり、諦めたり、も出てきました。

  1. 自分にしかできない(と感じる)仕事
  2. 自分が本当に求められている仕事
  3. 自分が本当にお役に立てる仕事

にだんだんとシフトしていきました。

限られた人生を「自分にしかできないこと」に集中

15年間で、身の回りも大きく変化しました。
15年前にはなかった、自分の世帯ができました。
コロナ禍を通して、かけがえのない家族の存在はさらに大きくなりました。

そして、15年前には、祖父祖母もいましたが、今はいません。。。
自分の人生も限りあるもの、、、と日々感じています。
そんな短い人生、限られた人生です。「自分にしかできないこと」をしっかり成し遂げていこうと思います。

この15年間、沢山のことに手を広げてきました。
これからもまだまだ手は広げるとは思いますが、限られた人生、選択と集中をしっかりと意識して、進めていきます!
次は、創業20周年を目指して、まずは、悔いのない16年目を突き進みます!

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